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5.古代下野国と東山道ルート

古代下野国と東山道ルート

東山道とは?

7世紀後半、大宝律令[たいほうりつりょう]の確立に伴い、都と地方を結ぶ官道が整備されました。東山道[とうさんどう]は、古代国家が整備した七つの官道のうちのひとつで、都と東北地方を結ぶ幹線道路として非常に重要な役割を担っていました。
東山道は、を起点として近江国・美濃国・信濃国・上野国を経て、下野国へ至ります。下野国内の東山道は、足利郡から入って下野国府・下野薬師寺へ至ります。そこから本遺跡を通って北方の長者ヶ平遺跡へ至り、陸奥国へと続いていきます。
なお、東山道沿いには30里(約16km)ごとに駅家[うまや]が置かれており、宇都宮市下岡本町に衣川[きぬがわ]駅家、上三川町多功に田部[たべ]駅家があったといわれています。
近年、発掘調査や研究成果などから少しずつその姿が明らかになってきています。
  • 下野国内の東山道ルート
5.東山道ルート

遺跡に取り付く道路跡(東山道跡)

本遺跡の南東部からは、役所に取り付けられたような古代の道路跡が確認されました。この道路跡は、周辺の調査状況などから古代の国道であった東山道と考えられます。東山道は都と東北地方を結ぶ幹線道路として、古代国家にとって非常に重要なものでしたが、本遺跡は地方役所としてこれに深く係っていた様子をうかがうことができます。

道路跡は南側の浅間神社古墳の周溝を通り、切通し部を経て、台地から低地へと降りています。低地部分では崖面を削った土で幅10mの路面を作った状況も、発掘調査で確認されました。なお、南への道路の進行方向については、南へ進むか南西へ進むか議論がありましたが、平成18(2006)年から平成19(2007)年にかけて実施した発掘調査によって、古墳群中を抜けながら南西方向に進んでいくことが確認されています。

  • 遺跡南東部の東山道跡

5.東山道

  • 東山道跡と考えられる遺跡南東部のくぼみ

5.東山道


掲載日 令和2年5月13日
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