このページの本文へ移動
色合い 標準 青 黄 黒
文字サイズ 標準 拡大 縮小
RSS
トップ >  教育・文化・スポーツ >  町の歴史・文化 >  上神主・茂原官衙遺跡

上神主・茂原官衙遺跡

上神主・茂原官衙遺跡
移り変わる官衙 生涯学習課 生涯学習係
移り変わる官衙 発掘調査で見つかった建物は同時期に全て建っていたわけでありません。本遺跡は100年近い存続期間の中で、大きく4つの時期に区分することができます。 1期 官衙創設期です。正倉域・政庁域・北方建物群域という配置計画の下に、役所の...
東山道跡 生涯学習課 生涯学習係
遺跡に取り付く道路跡(東山道跡) 本遺跡の南東部からは、役所に取り付けられたような古代の道路跡が確認されました。この道路跡は、周辺の調査状況などから古代の国道であった東山道と考えられます。東山道は都と東北地方を結ぶ幹線道路として、古代国家に...
周辺の遺構との関連 生涯学習課 生涯学習係
周辺の遺跡との関連 古代律令制下の本地域は、東山道に属する下野国河内郡にあたります。古代河内郡は11郷からなる中郡で、郡内には東国仏教の拠点として戒壇院が設置された下野薬師寺(下野市)が所在しました。また、下野国府(栃木市)と国分 寺・国分...
大規模な正倉(倉庫群) 生涯学習課 生涯学習係
大規模な正倉(倉庫群) 政庁の南側には、50棟に及ぶ倉庫が規則正しく並べられていました。これらは、当時租税として徴収された米(籾)などを保管する施設で、その大部分は高床式の建物構造をとっていました。財政の象徴である正倉は、古代役所を最も良く...
役所の中心である政庁域 生涯学習課 生涯学習係
役所の中心である政庁域 役所のほぼ中心からは、3棟の大型掘立柱建物からなる政庁が発見されました。南面する正殿を中心に、東西に脇殿を配したもので、中央は広々とした庭となっていました。郡内の行政の実務や様々な儀式などが、政庁で行われたものと考え...
官衙の大きさと施設 生涯学習課 生涯学習係
官衙の大きさと施設 官衙の規模と構造 発掘調査により、役所全体は堀と塀のようなもので囲まれていたことがわかりました。その規模は、東西約250m・南北約390mと推定され、面積は約10haに及ぶ広大なものでした。この内部からは、掘立柱建物跡を...
上神主・茂原官衙遺跡古代稲作体験 生涯学習課 生涯学習係
生涯学習課では、次世代を担う子ども達に、「食」と「農」の大切さを学んでもらうとともに、国指定史跡上神主・茂原官衙遺跡へ親しむ機会を提供することを目的に稲作体験事業を実施しています。 田植えの様子 6月7日(日曜日)に田植えを実施しました。...
人名文字瓦が意味するもの 生涯学習課 生涯学習係
人名文字瓦が意味するもの 本遺跡の正倉中には、屋根瓦を葺いた建物跡が1棟だけありました。この建物は東西31m、南北9mに及ぶ非常に大きな建物ですが、ここからは人名を刻んだ瓦が多数出土しています。これまでに100名ほどの人名(酒部得足・雀部牧...
北方建物群域 生涯学習課 生涯学習係
北方建物群域 北方建物群域で確認された官衙関連遺構の内訳は、掘立柱建物跡17棟、竪穴建物跡14棟、井戸跡が2基です。これらは並存したわけではなく、南北棟の大型竪穴建物を中心とした建物群が先行して設置された後、南北棟と東西棟の組み合わせを単位...
外郭施設 生涯学習課 生涯学習係
外郭施設 外郭溝については、北辺溝が未確認であるものの、正倉域・政庁域・北方建物群域の全施設を囲んでいることから、官衙設置当初から計画的に作られたものと考えられます。しかし、掘り直しが認められること、また、特定の時期のみ機能したと考えられる...
上神主・茂原官衙遺跡はどんな遺跡? 生涯学習課 生涯学習係
上神主・茂原官衙遺跡はどんな遺跡? 本遺跡は、奈良時代頃の人名を刻んだ瓦が多く出土することから、長い間古代の寺院跡と考えられていました。これは人名を刻んだ瓦が寺院建設の際の寄進物との考えがあったからです。そこで遺跡を共有する上三川町と宇都宮...
遺跡の歴史的文化財的位置づけ 生涯学習課 生涯学習係
遺跡の歴史的・文化財的位置づけ 上神主・茂原官衙遺跡の歴史的・文化財的位置づけをまとめると以下のようになります。 郡衙の一典型 長方形の大規模な区画に、正倉・政庁・及び関連建物群等の施設が一体的に整備されており、古代郡衙の一つの典型的な姿を...

カテゴリー